何かを得たいなら、何かを渡さなければならない

投稿者: | 2022年3月7日

皆さんは、なにか欲しいものはありますか?

欲しい物って言っても色々あると思います

  • 名声
  • 待遇
  • 美味しいもの
  • 楽しい体験

などなど、上げたらキリがありませんね。

逆に、ないという人もいるかも知れません

平穏無事に過ごせればそれでいい。そんな考え方もできますね。

でも、平穏無事に過ごすというのはなかなか難しいものです。
私達は日本という国に生まれたからこそ、何もしなくても可能な限り平穏無事に過ごせる環境にいますし、そういった制度も整っています。
ですが、そうでない国も多くありますし、何なら日本でも、ちょっと選択を誤れば、明日生きていけるかどうかさえわからない状況に陥ることも少なくありません。
平穏無事というのはなかなか難しいのです。
なので、これもまた一つの欲求としても良いかと思います

何れにせよ、人には様々な欲求があります。
それは自分だけが持っているわけではなく、すべての人々が持つ根源的なものです。
しかし、その欲求をすべての人が満たせるわけではありません。
求めるものは有限なのです。
有限であれば、当然求めるものには価値が付きます。
多くの人が求めるのであれば、その価値は高くなるため、入手できる確率が減り、相対的に競争率が上がります。

価値あるものを得るためには、それに伴う対価が必要なのです。

昔、日本には終身雇用という制度がありました。
会社に入社すれば、定年で退職するまでの間、雇用が維持され、順当に昇給が約束された制度がありました。
これがなぜ実現したのか。
終身雇用ができたのは1950年代頃。終戦後復興などで湧いた日本には、とにかく人手が必要でした。
ビジネスを円滑にすすめるためには、人がとにかく必要。
だからこそ、会社は終身雇用という絶対的な安定を従業員に約束することで、安定的にビジネスが維持できるようになりました。
つまり、会社として、人材がいる事自体が価値であり、より長くいてくれる社員こそ高価値だったわけです。
なので、社員は定年までの間、与えられた仕事をただこなすという価値を会社に提供することが求められました。

しかし、その終身雇用制度もバブルが崩壊した1990年代後半より崩れはじめ、今では聞くこともなくなってしまいました。
会社は人材を抱えること自体がリスクになり始めましたし、そもそも会社が永久的に存続し続けるという保証もなくなって久しいのです。
したがって、社員は、定年までの間、与えられた仕事をただこなすだけでは価値として認められなくなりました。

今は売り手市場と言われます。
慢性的な人手不足な状態であることは言うまでもありません。
ただし、価値は昔とは異なります。
会社は、短い期間で多くの価値を生み出す必要が出てきました。
多くの企業の競争相手が、日本だけではなく世界も見据える必要に迫られてきたからです。
そのため、能力値の高い人ほど価値が高くなりました。
雇用期間ではなく即応性の高い人ほど高価値なのです。
また、デジタル技術の進化スピードが高まった事により、価値もそれほど長く維持することが困難になってきました。新たな価値がどんどん生まれだしてきたからです。
そのため、どんどん新しい価値を吸収し続ける必要にも迫られました。

価値は等価交換です。
欲しければ、それに見合うものを渡さなければなりません。
人から与えられるものでもなくなりました。
これから先もこの状態はずっと続き、もしかすると競争は更に激化するかもしれません。
いや、激化していくのでしょう。

そんな中で、自分がどれだけの価値を見出すことができ、維持し続ける事ができるのか。
そういうことを考えていくのも必要なんじゃないかと思う次第です。

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